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2006.03.31

子宮筋腫の手術~8

●3月10日手術翌日
朝採血。
朝、昼抜き。持続(24時間)点滴。
持続点滴の間は尿カテーテルがつながっているので、これが外れるまではベット上のみ
朝、夕は抗生剤の点滴もあり。
回診時、傷口の消毒とガーゼ交換。傷跡はキレイとのこと・・・但し、自分では見れない。
終日37度代の微熱。看護婦さんに氷枕を貰い、気持ちいい。
看護婦さんから、明日からはしっかり動いて貰います、と予告される。
動かないと腸が動かないとのこと。
微熱以外は体調良好のため、ベッドの上半身を45度ほどあげて貰い、本を読んだり、うとうとしたり、テレビを見たり。
傷口はあまり痛まず。背中に入っている硬膜外麻酔のおかげか・・・。
傷口の上からおへそのあたりが、何だかしびれたような感じになっている。
痛むのはおへその右下あたり。皮膚の表面がぴりぴりした感じと、内部が時々ズキズキする。
なんだろう・・・。
5日目までは不可のため、看護婦さんがタオルで拭いてくれる。
夕食は、3日ぶりの食事。
まずは流動食。
米汁(糊を薄めて温めたような・・・)、具なしの吸い物、砂糖入り温かい牛乳、リンゴジュース。

●3月11日手術後2日目
朝、流動食。
回診時、傷口の消毒とガーゼ交換。これは、抜鈎(手術後4日目)まで毎日続く。
しばらくシャワーは不可のため、看護婦さんがタオルで拭いてくれる。
昼頃持続点滴が終了し、尿カテーテルも抜いて貰う。
これで、全ての管が外れた!!
(といっても、朝、夕の一時的な点滴は4日目まで続きましたが)

ここからは、トイレは自力歩行で行くよう指示される。
最初はお腹に力を入れずにベッドから立ち上がるのに手間取ったが、看護婦さんから、横向きになって、両手をベッドについて腕を伸ばしながら上半身を起こし、下半身をベッドからおろすと良い、と教えて貰う。
恐る恐る立って、歩いてみる。
なんとなく腹部をかばうように、前かがみになる。
看護婦さんから、今日は大部屋に戻ると伝えられるが、あと2日くらい個室にいたいと要望。
まだマイペースで眠ったり、起きたり、本を読んだり、病棟内歩きにいったりしたかったから。
希望かない、月曜日の朝まで居られることになる。

昼食、夕食は五分粥。
夕方、夫が、「ダ゜・ビンチ・コード」を買ってきてくれる。
入院前に本屋で見つけた、ハードカバー一冊の愛蔵本。
作中の美術品や建造物の写真が入っている。
夕食後から読み始める。面白い。

1日にドクターからも看護婦さんからも何度も、ガスは出ましたか、と聞かれる。
ガスは、全然出ない。
聴診器を腹部にあてて、お腹の音を聞いてくれる。
少し動きが弱いとのこと。
水分を多目にとることと、動くことを助言される。
水分を多目にとれば、トイレに行く頻度も多くなるので、結果歩く頻度も多くなり・・・ではありましたが、就寝後も何回かトイレに起きることとなってしまいました。

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2006.03.30

子宮筋腫の手術~7

●3月9日手術当日(3)

手術時間は3時間半と予定時間を大幅にオーバー。
さすがに2時間半を超えたあたりから家族もそわそわし始めたようでしたが、何しろ手術が終わるまでは当然執刀医の先生は出てこないわけで、病棟の看護婦さんたちにも中の様子が分かるものでもなく、ただひたすら待つのみ、だったようです。

さて、終わってみると、手術は、
1 まず、腸が腹膜に癒着しており、まずこれを丁寧に剥がした
2 子宮筋腫は大小合わせて(約3㎜~3㎝)14個(!!)を切除。
これより細かいものもいくつか電子メスで焼灼した。
全ての筋腫を取ると、子宮がなくなってしまうので、子宮の機能温存を図りつつ取れるものは取ったとのことでした。
目で見て手で触る開腹手術だからこそ、MRIでは分からなかった筋腫もとることができたのではないかと思っています。
3 右の卵巣に卵巣小嚢胞(成熟したものの卵子が飛び出さず、残ってしまった卵胞)が十数個あり、電子メスでつぶした。
4 子宮表面に微弱な子宮内膜症があり、これも電気メスで焼灼した。

長時間かかったのも頷けました。

家族は手術後の説明のときに、筋腫の実物を見せて貰ったそうです。
夫なぞ、先生に言われて指先で触ってみたそうです。
見た目は白い脂肪の固まりなんですが、結構固かったようです。
取った筋腫はそのまま病理検査に廻されてしまいましたので、私は実物は見られずじまい。
後日、先生から写真を貰い、几帳面に大きい順に並べられた14個の筋腫を見て、これだけ取るのは大変な手間だったなあ、と人ごとのような感想を持ちました。

不妊治療再開については、今は子宮内部の癒着防止のため、避妊リングが入れてあるので、3か月ほど後にこれを取り出してからになるとのことでした。

そして、小さな筋腫の芽は残っているので、閉経までは筋腫は育つこと、私の持っている筋腫の成長のスピードは予測できないことから、なるべく早く妊娠の結果を出した方が良い、卵巣刺激でまた卵巣小嚢胞ができることもあるので、年内勝負のつもりで・・・との先生のお言葉。

無事妊娠できた場合は、予想どおり、帝王切開とのこと。
時間がたてば子宮に入れたメスの痕はふさがれるものの、もと子宮の筋肉と、傷跡を埋める筋肉とは性質が違うため、まわりの子宮の筋肉と同じように膨張したり収縮したりはしないそうです。
そこで、出産のときに子宮破裂を起こす危険性があるので帝王切開ということのようです。

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2006.03.29

子宮筋腫の手術~6

●3月9日手術当日(2)

麻酔が覚めていても、何だかおかしかったようで・・・手術後の私の笑えるエピソード

☆尿はカテーテルが入っていたので自動的に排尿されていたのですが、なんだか尿を我慢しているような、膀胱が一杯になっているような感覚があり、「尿がきちんと出ているか」を気にして、何度も家族や看護婦さんに言っていました。

☆ものすごい便意を感じて、我慢できずに恥ずかしいことになると困ると思い(尊厳の危機)、必死に訴えると、看護婦さんがおまるのようなものを持ってきてお尻の下に敷いてくれました。
これで、万が一の時も、汚いことにはならないと思うと大いに安心できました。
前日夜から絶食し、浣腸もしていたので、便が出るという可能性はなかったと思うのですが、感覚的には切迫していました。

看護婦さんが私の主観に合わせて対応してくださったのは、本当にありがたかったです。
腸の癒着があって剥がしたそうなので、腸が勘違いしていたのかも知れませんね。
排泄の話ばかりで恐縮ですが、本人は必死でした。

☆術後2時間酸素マスクが付けられていて、これが邪魔で、何度も手で外しては、付けるようにと注意されていました。
本人的には、何だか苦しく、マスクが邪魔で呼吸ができないような気がしていたのです。
が、翻って考えるに、つまりはそのように呼吸が苦しいので酸素マスクの必要があった、ということだったのではないか、と今は思っています。

☆術後、歩けるようになるまで、エコノミークラス症候群防止のために、両足のふくらはぎに血圧測るときの空気で膨らむ帯のようなものを巻いて、空気を入れたり抜いたりしてマッサージをしていました。これが、なぜか右足はきちんと膨らんでいるのに、左足は膨らんでいないような感覚がありました。これでは困ると思い、左足が膨らまない、ということも、何度か訴えていました。先生や看護婦さん、家族が見ては、ちゃんと膨らんでいる、と言うのですが、なんだか膨らんでない感じがして、こだわっていました。
今から考えると、麻酔も左側の方が長く残っていたので、足も左の感覚が鈍くて圧力がかかったりぬけたりということが良くわからなかったのかも知れません。

どのエピソードも、普段なら、遠慮があったり、恥ずかしかったりで、一回言えば、引っ込めると思うのですが、術後は何だか、これらがすご~く気になって、思いつくまま、そのまま口にしていました。・・・恥ずかしい。

痛みは全くありませんでした。これは助かりました。
術後も硬膜外麻酔を続けていたおかげでしょうか。

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2006.03.28

途中ですが・・・イオン・ナゴヤドーム前店に行きたい!!

手術体験記の途中ですが・・・。

今日は退院一週間目。

ぼちぼちと近所を散歩しながら体を慣らしているところです。

傷口はほとんど痛みませんが、おへそから下の腹部のあちらこちらが、ちょっとした拍子に、

ズキン、であったり、

ズキズキ、であったり、

ぴりぴり、であったり痛みます。

が、くしゃみや咳をするときにお腹が痛むということはなくなってきました(手をてああクシャンとするのが上手になってきたのかも知れません)。

もう、ほとんど横になっていることはなくなり、大体は座って過ごしているのですが(いわゆる「床上げ」?)、昨日は調子に乗って2時間ほど、休憩がてら散歩したら、久々に頭がボーッとしてしまい、少し疲れました。

まだ、ぼちぼちです。

そんな私が、今、一番我慢しているのが、ショッピングセンター巡り。

もともとイオンなどの大型ショッピングセンター、モールが好きで、よく遠征に行くのですが、今、名古屋地方の話題は、イオンのナゴヤドーム前店。

先週末からプレオープンしていて、初日に「ナゴヤドーム前店のジャスコで食料を買ってくるように」と夫に指令を出し、偵察に行かせたのですが、モール部分は、神宮前店よりも、港店よりも、東浦店よりも広いようで・・・。

行けば無理をしてでも歩き回ってしまいそうなので、しばらくお預けです。

ところで、このナゴヤドーム前店、駐車場についてはかなりイオン側も悩みがあったようで・・・。

何せ、ナゴヤドームのすぐ向かいに立地。

自動車王国の名古屋ですから、プロ野球開催の時は、ドーム周辺に俄か民間駐車場がたくさんあり、大渋滞。

駐車料金はカードによって上下するようですが、昨年、私が中日・巨人戦の時に止めたときは、4000円かかりました。

そんな地域に大駐車場を備えたイオンがオープン。

当然、イオンに止めて野球を見るという輩が出てきそうではありませんか・・・。

そこでイオンが考えたのが、ドームでの野球・イベント開催時の特別駐車料金。

チラシやパンフレットを読んでもわかりにくいのですが、要するに、

○基本的に駐車は有料。1時間400円。

○合計3000円以上買い物した場合は2時間まで無料。

○しかし、球・イベント開催時にイオンが指定する時間帯に入庫した場合には、この無料サービスはなし。

○+次の3つのうちどれかにあたらない限り、特別駐車料金が6000円(!!)かかる。

 1 野球等開始後2時間以内に出庫

 2 野球等開始後2時間経過してから入庫

 3 野球等開始後1時間~2時間半の間に店内に設置された機械に駐車券を通す

ドームの駐車場代わりに使われてはたまらない、というのは分かるのですが・・・。

基本的に有料というのは・・・名古屋には合わないと思うのですが・・・。

というのも、名古屋人はケチ。

デパートでも、無料駐車券ゲットに命をかけます。

といっても、合計額が足らないときは無駄なものは買わずに、商品券を買って埋め合わすほど、合理的、というか、駐車代を払うのを嫌います。

同じイオン・ショッピングセンターでも、千種店では、入庫後2時間無料、1000円買い上げでさらに1時間無料。

(もっとも、1年前のオープンからしばらくは当初はどれだけ駐めても無料でしたが・・・・)

マックスバリューで食料品買うだけでも1000円程度は買うのが普通でしょうから、3時間は時間も、駐車代も気にせず、のんびりウィンドウショッピングを楽しめます。

ということで、毎日の食料品の買い物に、車でわざわざ行ったりするわけで。

そうして、うろうろしているうちに、結局服買った、外食した、今日はスタバに寄っちゃおう・・・ということもあるわけで・・・。

なんだかなあ、私は、3000円買っても2時間なら、ゆっくりショッピング楽しめませんね。

ということで、近所の人が毎日通って、ついでにお金を落とす・・・という訳にはいかないのではないでしょうか。

せめて、野球等ない日は千種店程度にはして欲しいし、野球等ある日も、買い上げ金額による無料を特別料金制度と併用して欲しいものです。

な~んて、大好きなイオンに文句つけましたが、まあ、行けない負け惜しみも半分はあるわけでしょう。多分。

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子宮筋腫の手術~5

4 手術当日
●3月9日手術当日(1)

午前7時頃 浣腸(昨日より量少ない)。
午前中、個室へ引っ越し。この病院は手術後2日程度は個室で管理とのこと。個室へ引っ越してから入浴。
午前11時半過ぎ 手術着へ着替えて点滴開始。手術着は前と後ろに分かれていてホックで留まっているもの。なぜそうなっているのかは、手術室に入ってからわかりました。
午後12時頃 肩に筋肉注射。麻酔を効きやすくする注射とのこと。ボーっとする人も、ハイになる人もいる、と看護婦さんに聞いていたのですが、私は、ボーッとする方でした。
午後12時半頃、夫、母、義母到着。あいさつも草々、いろいろと準備が始まる。
午後1時少し前 病室出発。

ここからはベルトコンベアーに乗せられた感じ。

病室のベッドのまま病室を出て、
エレベーターの前で看護師さんたちの手で移動用のベッドに乗り換え、
エレベーターで手術室の階へ運ばれ、
手術室全体の入口である自動扉をくぐって、
手術担当の看護師に迎え入れられ、
手術室の並ぶ廊下を移動し・・・

私が手術を受ける手術室に入るまで、あれよあれよという感じ。

手術台に乗せられ、
「これから麻酔の針を背中に入れます(刺します?)」、
横向きになるよう言われ、
手術着の背中側が取られ、
背中を曲げるよう言われ、
「少しチクッとしますよ」(それほど痛くなかった)、
仰向けになるよう言われ、
手術着の上を取られてお腹の部分が空いているシートをかぶせられ、
酸素マスクかぶせられ、
「これから点滴で麻酔が入ります、眠くなりますよ」と言われ、
(私)「あっ眠たくなってきました」と言ったのが最後の記憶。

次の瞬間には、「○○さん、終わりましたよ」「○○さん、終わりましたよ」と何回か声をかけられ、気がつくと廊下をベッドで移動していました。
次に気がつくと個室の中。家族の見守る中、執刀医の先生が来ていて、「今説明していても、頭がボーッとしていて忘れちゃうから、4日後くらいに本人には説明します」と話していました。

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2006.03.27

子宮筋腫の手術~4

3 入院~手術前

●3月7日入院当日(手術2日前)

7日午前中に入院手続きをして病棟へ。
説明のときに、入院日から手術後8日目までの予定表を渡されました。
食事の内容(検査食、粥、普通食)、絶飲食、点滴、浣腸、尿カテーテルを外す時期、トイレまで歩行、病棟内歩行の開始時期、抜鈎、シャワー許可の時期などがびっしり記載されているので、いろいろと心の準備をするのに役立ちました。

入院初日は簡単な検査程度で他は特に何もないだろうと思っていたら、なんと昼食から「エニマクリン」という「検査食」。
固形物の一切ない、汁物だけの食事。こんな商品だそうです→http://www.horii-pharm.co.jp/page4_ecl.htm
りんごジュース、具のない吸い物は加わっていましたが・・・正に流動食のみ。
これ以外は何も食べてはいけないとのこと。水・茶・コーヒーはオーケー。
手術の時に胃腸を空にするためのプロジェクトが早速始まりました。

夕方、夫が、今日はまだ食べれるだろうと桜餅を持ってきてくれましたが、食べられず。
夫が食べるのを尻目に、お茶を飲んでいました。

体温、血圧測定が他の患者さんと一緒にあるくらいで、特に検査、回診等はなし。

●3月8日手術前日

今日も1日検査食。

午前8時30分頃 麻酔科の先生が回診。
執刀医と検討の結果、手術時間が延びた場合に備え、安全のため硬膜外麻酔に全身麻酔を併用することになったとのこと。

午前9時半頃 下剤(マゴロール250mlと錠剤)服用
午後7時過ぎ 浣腸。なるべく便意を我慢するようにと言われ、でも、部屋に戻ってトイレに間に合わなくなるのも怖く、トイレの中で数分、ぐっとこらえていました。わりとすぐに我慢できなくなると言われましたが、鈍いのか、数分もちこたえたのち、排便。何だか残ったような感じがあったせいか、就寝までに2回、排便。
午後9時 安定剤を貰い睡眠。

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2006.03.26

子宮筋腫の手術~3

番外 入院準備

病院から渡された入院のしおりを参考にしながら、入院グッズをそろえました。

○スリッパ(退院したら廃棄しようと思っていたのでダイソーで200円で購入。)
14日間の入院でしたが、結構汚れました。

○お箸(普段お弁当に使っているケース付きのもの)
○スプーン・フォーク・ナイフとこれを入れるプラスチックケース(ダイソーで各100円、合計400円)
入院した病院では、お箸等は各自のものを使用することになっていました。
お箸はお弁当用の箱に入れて持って行ったのですが、途中から出し入れが面倒になり、スプーン等と一緒にプラスチックケースに入れてその日その日のメニューに対応していました。

○ステンレス製水筒(持っていたもの→こんなタイプのものhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0006M2SBQ/qid=1143360900/sr=1-14/ref=sr_1_10_14/250-4542166-5041807
○ステンレス製マグカップ(トップバリュー(イオンのプライベートブランド)の480円)
病院のしおりには、「急須」とあったのですが、コーヒー、紅茶等の私が自分で日本茶を入れて飲むとは考えにくかったので、急須はやめにして、いつでも熱いお湯が手元にあるようにと水筒と、蓋つきのマグカップを持って行きました。
ティーバッグと小さなビンに入れたインスタントコーヒー、モンカフェの持参で、いつでも好きな時にティータイムを楽しめたのは良かったです。
食事の30分前にやかんで日本茶を配りに来るのですが、マグカップに入れてもらって蓋をしておけば、食事まで温かいまま持ちました。

商品説明には保温機能はないと書いてありましたが、ただ陶製のカップに入れておくよりは冷めにくかったようです。
また、カップには就寝前のお茶用の熱湯、水筒には夜中目覚めた時用の冷水、というように2つを使い分けることもできました。

○その他
携帯DVDプレイヤー
イヤホン
CD・DVD少々
本・雑誌少々

○バスタオル・タオル 数枚
○下着換え たっぷり
洗濯の心配をしなくて良いよう、多めに持ちました。

○パジャマは貸与があるというので借りることにしました。
○T字帯、腹帯は病院の売店で購入できるというので、入院してから買うことに。

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子宮筋腫の手術~2

2 入院まで

1月末頃、先生から執刀医の先生への紹介状をいただき、MRIの写真を手に今回手術をお願いした総合病院に行きました。
MRI画像を見ながら所見を伺ったところ、子宮の上部に3㎝くらいの筋腫が1つ、他に小さい筋腫が3つ。お腹を輪切りにした断面で見ると、筋腫に圧迫されて子宮内腔がつぶれており、また、下から右後ろに向かって反っているとのこと。
確かに着床の障害になる可能性は高いとのことでした。
2月中にも手術可能でしたが、仕事の予定などを勘案し、入院は3月7日、手術が9日と決まりました。
先生から、術後2週間入院、仕事復帰は2週間の自宅療養の後と伺ったため、仕事の対外的なアポイントメントは余裕を見て術後4週目以後に調整して入院に臨みました。

自己血については、先生の意見では、今回の手術では輸血が必要なほど出血することは想定されないとのことでしたが、希望すれば可能とのことでしたので、お願いすることにしました。

入院までの通院は、3回。
1回目は入院前の検査。
血液検査、肺機能の検査(肺活量その他)、心電図、胸部レントゲン撮影を行いました。

2回目は麻酔科での診察と一回目の自己血採取。
麻酔科では、これまでの既往歴やアレルギー等について問診を受け、予定している麻酔が硬膜外麻酔であること、胸部レントゲン写真を見ながら硬膜外麻酔は背骨のどこに針を刺すのかなどの説明を受けました。

このとき、「ビビって」しまったのは、硬膜外麻酔は意識があるとのこと。
手術中の音や会話が聞こえるのは勿論、痛みはないもののメスを入れたりするときに触っているという感覚はあるというではありませんか!!

私は痛みに弱いので、「今切っている」「いじっている」と想像するだけでもたまりません。
そのことを伝えると、麻酔科の先生は、硬膜外麻酔の場合でも、手術中眠らせることはできると教えてくださいました。
是非是非その方向で、とお願いしてしまいました。

3回目は2回目の自己血採取。
一回に400cc採取して全部で800cc採取しました。
採取自体は献血と同じですぐに終わりますが、その後、2時間かけて点滴一本入れましたので、一回につき3時間ほどかかりました。

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子宮筋腫の手術~1

3月7日から、2週間、子宮筋腫の手術のため、入院していました。
入院前後、ネット上の手術体験記を読みあさり、心構えや不安の解消に役立ちましたので、私の体験もここに記しておこうと思います。

1 発端~手術方法の選択
手術の発端は、普段不妊治療で通院している婦人科の先生(主治医)から、MRI撮影の結果4㎝くらいの筋層内筋腫があり、位置的に着

床の障害になっている可能性が高く、妊娠を考えるのであれば手術した方が良いとのアドバイスをいただいたこと。

純粋に健康上のことを考えるだけであれば手術の必要はない大きさであるとのことで、手術をするかどうかを夫婦で良く相談して選択する

ようにと先生はおっしゃいました。

私は年齢的に、不妊治療もあと1~2年という崖っぷちにいます。不妊治療開始が遅かったこともあり、今は「できることはする」「後悔

したくない」という心境ですので、手術をするという結論を出すのにそれほど迷いはしませんでした。

迷ったのは、その次の選択肢です。

先生からは、手術を選択する場合には、手術方法(開腹手術にするか腹腔鏡手術にするか、それによって紹介する病院が異なる)も決める

ようにと言われました。
勿論双方のメリット・デメリットも一応説明を受けたのですが、これは悩ましい選択でした。

ネットで調べたり、本を買ったりして研究しましたが、最後の決めては「私はマジックハンドは苦手だ」という直感的なもの。
実際に目で見て、手で触って行う開腹手術の方が安心できると感じ、開腹手術を選びました。
痛み、外見(傷跡)、回復までの時間など開腹手術のデメリットは、生命以外の私自身の問題に過ぎない(私が少し我慢すればいいこと)

と整理して、納得しました。

また、開腹の方が不妊治療再開まで時間がかかりますが、他方、腹腔鏡だと手術まで数ヶ月順番待ちするだろうとのことでしたので、治療

のお休み期間については選択にあたりあまり重視しないこととしました。

・おまけ・
また、いろいろ調べるうちに、自己血輸血のことを知りました。
これは、手術中輸血の必要が生じた場合に備え、予め術前に自分の血液を採っておくこと。
輸血はなるべくしたくないと考えていましたので、執刀医の先生に自己血について相談することにしました。

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